論文

即興的要素を取り入れたピアノ・レッスンの実践報告
〜 J.S.バッハの《シンフォニア》を例として〜
A Practical Report on Improvisatory Learning of J.S.Bach’s “Sinfonia”

 音楽は言語に似ているとよく言われる。双方とも固有の文法があり、人間同士のコミュニケーション手段であり、表現手段だからだろう。こうした規則を修得していれば、人は伝えたい内容を書記化(楽譜化)することなしに、それを音声化したり音楽化したりすることができる。しかしながら、現代のクラシックの音楽家の多くは、書記化された原稿がなくても会話するように、記譜化された楽譜がなくても即興することに、あまり馴れ親しんではいない。作曲と演奏の専門性に分化した状況にあって、即興というと特殊な技能がないとできない特別なものと構えがちである。しかし日常的な音楽活動においては、メロディーに伴奏を付けたり、曲を部分的に作り替えるような編曲を試みたり、さらには作曲の準備段階の試し弾きや、生演奏中のアクシデントに即座に対応するなどの応急措置も即興に含められので、広義の即興はあらゆる側面において、だれしもが関わる音楽活動だと言えよう。 

  パリ国立音楽院で即興演奏の指導者だったオルガニスト・作曲家のマルセル・デュプレは、次のように述べている。「即興も、演奏上のテクニック同様、法則やメソッドを持って教えなければならないし、学ばれなければならないという否定できない事実をわたしは目の当たりにしてきた。同じパッセージを常に改善し続け、忍耐強く繰り返すことによって、学習者は即興演奏を最も効率的に上達させることができるのだ。」[i]

 こうした即興演奏の学習には楽器を演奏するテクニックを有することの他に、作曲の学習に求められる和声や対位法、そして構成など音楽文法の学習が不可欠である。

  本研究は、J.S.バッハの《シンフォニア》を題材として、作品の音楽構造を理解すると同時に、学習者がその構造に則って、曲を部分的につくる体験を取り入れた学習を実施した授業の報告をする。広義の「即興」には、伴奏付け、編曲、作曲の準備段階なども含めることができ、それはだれもが関わる音楽活動となり得る。即興的な要素を取り入れた学習が、演奏者の音楽の捉え方や演奏解釈にどのように作用するのかを検証するのが、本研究の目的である。

(キーワード:即興、創造力、音楽構造、音楽文法、言語、シンフォニア、ピアノ実技レッスン)

国立音楽大宅図書館機関リポジトリにて論文のタイトル・要約を公開中。 

国立音楽大学紀要  研究紀要第52集 平成29年度
全文をお読みになる場合はCiNiiでの論文検索も可能です。

[i] Dupré, Marcel. 1937. Cours Complet d’Improvisation å l’Orgue (Complete Course in Organ Improvisation) vol.1. Trans. Alain Hobbs. Paris: Alphonse Leduc. pg. III.(筆者訳)


和声分析や即興の学習を取り入れたピアノ実技レッスンの実践報告
The Study of Harmony using the Repertoire and its Improvisatory Application

 音楽大学の卒業を間近にした学生の進路については、毎年学生と共に、頭をかかえることが多い。「音楽に魅せられて入学し、その道で生計を立てることを志して、大学に入学する。卒業後にその道は開けていくだろうか。途中で音楽から身をひいてしまうことはないか。」と。残念ながら音大で勉強しても、卒業すると音楽に喜びを感じなくなったり、音楽をやめていくものが多くいる。それは、社会の音楽の受け取り方の問題もあろうが、音楽の学び方にも原因があるのではないだろうか。

 どうして音楽から遠のいてしまったのか、あるいは喜びではなく不満を抱えさせてしまうようになる教育とはどのようなものかについて、まとまった見解を述べるのは大変難しい。しかし音楽が根差す理想的な社会では、アマチュアは専らプロの演奏や、インターネットから配信される音楽を受動的に聴くだけではなく、自身が演奏や作曲をしたり、音楽を能動的に聴くリスナーになり、社会全体が音楽と関わりを持つ。そして、プロの演奏家は演奏を聴かせるだけではなく、地域社会の構成員誰しもが、音楽性を育めるような音楽活動を誘導するリーダーやサポーター役になる。     

 本研究では、このような社会の実現という大きな理想を掲げ、その理想に近づくために、地域社会に根差したプロの音楽家をティーチング・アーティストと呼ぶ。そして、ティーチング・アーティストに必要なスキルについて触れた後、学生の総合的な音楽力育成の方法として、本研究者が実施したピアノ実技の授業での取り組みを報告する。

(キーワード:ピアノ実技レッスン、通奏低音、即興演奏、「ピアノのための和声学」、ティーチング・アーティスト)

国立音楽大宅図書館機関リポジトリにて論文のタイトル・要約を公開中。 
国立音楽大学紀要  研究紀要第51集 平成28年度

全文をお読みになる場合はCiNiiでの論文検索も可能です。


writings-no42

社会における音楽家の新たな役割とスキルについての一考察
―第18回NETMCDO(NYC)会議の講演者・主催者の事例の紹介を通して―

 昨今の音楽家を取り巻く社会情勢の変化に伴って、同時に複数の仕事を持ち、職場や仕事内容を少しずつ変化させる流動的なキャリアパターンを歩む音楽家1)が増えている。
同じポジションに生涯就く音楽家は少なくなり、自営で仕事をしたり、地域社会とグローバル社会の両方に身をおいて仕事をしたりする音楽家が増え、音楽家の活動範囲は広がりをみせている。
 こうした現状の中で、単に演奏技術が優れているだけでは、音楽家が仕事に従事し、その仕事を保持できる保証にならなくなっている。今まで一般的だとされていた進路は狭まり、若い人達が前の世代の音楽家の通って来たキャリアをそのままモデルにしても、仕事につながらなくなっている。
 そうした現状の変遷に対応すべく、国内外の音楽大学では、従来にはなかったかたちのキャリア教育を推進するようになっている。本稿の2-2で紹介するアンジェラ・ビーチングは、マンハッタン音楽院のアントレプルヌール・センター長として、長年従事して得たキャリア支援活動の成果をBeyondTalent(ビヨンドタレント)にまとめた。我が国でも、国立音楽大学の音楽学の教授である久保田慶一は、著書『音楽とキャリア』2)の中で、今後音楽大学が歩むべき道を提案している。両者とも、音楽家のキャリアは今後の、社会の多様な価値観に対応して多様化していることを直視し、音楽大学におけるキャリア教育が、より充実していくことと共に、新しい音楽家の技能を身につけていくことの大切さと唱えている。
(はじめにより)
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writings-schnabel

シュナーベルのベートーヴェン・ピアノソナタ校訂版の実用性と価値について
― Op. 57を中心に― 洗足論叢 第37 号 平成20年度 大類朋美

 新しく学習する曲の楽譜を購入する学生から、どの版を買ったらよいかという質問をよく受ける。原典版を手に入れることの大切さは否めないが、それと同時に巨匠といわれる名演奏家による校訂版の価値を、今一度、考えてみたいと思う。
 ここでは、アルトゥール・シュナーベルArthur Schnabel(1882 ー1951)のベートーヴェンのピアノ・ソナタ校訂版を取り上げ、私達ピアノを学ぶものにとってそこに見い出せる実用性と有益性について探ってみたい。シュナーベルの校訂版は、彼の一種の「練習帳」でもあり、そこには奏法上に必要な諸問題についての記載があり、学習上の手助けになることが多く含まれている。
 シュナーベルが楽譜に加えた記号や注釈を読むことはまるでシュ
ナーベルのレッスンでアドヴァイスを得るようなものでその行為により、楽譜の中に新しいことを見い出すことができる。
(はじめに より)
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