シェーンベルク 弦楽三重奏曲

近現代の作品で聴く 作品の持つ感情の動き 
   〜よく聴くと、気持ちが見える、背景が見える

十二音技法で書かれたシェーンベルク作品をどう聴くか。特殊奏法や複雑なリズムの向こう側にある作曲家の意図は、どうやったら若い耳に伝わるのか。

小学生の日常とはおよそかけ離れた場所にあるかのように思えるシェーンベルクの表現を、子供達自身の声や語り口と結びつけてみる。そんな試みによって、生身の人間としてのシェーンベルクや、彼の生きた時代について思いを馳せ、音楽表現のより幅広い可能性に気づいてもらおうと、次のようなプロセスで子供達を巻き込んでみた。

1. 「おはよう」で分かる、相手の気持ち
お互いに挨拶を交わす際に、相手の様子がいつもと違うことに気づくことがある。「あっ、今日はあの子ちょっと元気がないな」とか、「何かいいことがあったのかな」など、相手の声の調子、顔の表情などから、単なる「おはよう」からいろんな気持ちが分かることもある。


アクティヴィティ I
まず、奏者どうしで例を示す。私たちが楽器で「声」を出す前に、まず皆に「声」の種類にはどんなものがあるのか、ちょっとゲームで体験してもらいたいと思います。これは「連想ゲーム」です。このマジックカードに、「こんな気持ち」というのが書いてあります。このカードを渡された人は、その気持ちになって、「おはようございます」というセリフを言ってもらいます。

では、まず試しにギブソン先生にこのカードを渡してみます。どのカードにしようかなあ。
(「なんだか調子が悪い」というカードを渡す
〜ギブソン:調子悪そうに「おはようございます」)

これに応えて、子供達に今の「おはようございます」のもとになった「こんな気持ち」を想像してもらう。


アクティヴィティ II
上記をもとに、手を挙げた2〜3人の子供達に前に出てもらい、それぞれ「なんだかいいことがありそうだ」「先生に怒られそう」「今日は100点とるぞ!」などと書いたカードを渡す。順番に「おはようございます」を言ってもらい、クラスのみんなに「気持ち」を想像して答えてもらう。


2. 楽器の音で作曲家の気持ちを聴いてもらう
曲の短い部分を取り出し、演奏してみせる。今度はこのシェーンベルクの「声」のもとになった「気持ち」を想像して、発表してもらう。この発表のあとに、コル・レーニョ(弓の木の部分で弾く)スル・ポンティチェロ(駒の近くで弾いて、裏声のような効果を出す)ピチカート(弦を指ではじく)など様々な奏法を説明して、「怖い感じ」「追いかけっこしてる」といった感想のもとになったかもしれない奏法について学ぶ。

3. 曲を通して聴かせる
曲の「第一部」とされる2分弱の音楽を聴く。この際に作曲家の気持ちの変化や情景について、実際に出てきた音楽の流れから聴いてみるよう伝える。

4. 振り返り
曲を聴いた感想を、数人に言ってもらう。そのあと、この曲の背景を話す。下記の四角で囲った部分の内容を、通して聴く前に話すことによって心の準備をさせられるが、一定の型にはまった「正しい」感想を持たせてしまうこともある。一年間を通して同じ内容の授業を数回行ったが、年度の最後のほうでは、この説明を最後に「種明かし」的に聞かせることによって、歴史情報が初めて音楽の感情と結びつくことを、奏者である私たちも実感した。


この曲は1946年、第二次世界大戦が終わって次の年に、書かれました。シェーンベルクはユダヤ人だったため、オーストリアにはいられなくなり、アメリカに亡命していたのですが、ひどく心臓がよくなかったそうです。そしてこの曲を書いた5年後には亡くなっています。 なので、あまり元気がなかったり、ふるさとが懐かしいけど帰れなくて辛かったりしたかもしれません。でも、ほかにもいろんな表情があったよね。弦楽器のどんな奏法でいろんな気持ちを表現しているのか、ということも今日は目の前で見られたね。


この一連の15分ほどのプロセスを経て子供達に体験して欲しかったのは、音楽の表情をより細やかに、物語を読み進むように聴き進むということだ。そうすれば目の前にいる奏者や共に聴く友達と一緒にちょっとした時空旅行を体験できる。その体験は、同じ景色を見て違う感想を持つ人がいるように、違った印象であっても勿論構わない。そして、それぞれの持った印象をまわりと共有することが、相互理解にもつながる。

ただ「綺麗だった」「テクニックがすごかった」という印象だけに終わる鑑賞から、二歩も三歩も踏み込んだ積極的な聴き方で、古典作品のみならず近現代の作品にも親しんでもらえることを実感できた。